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おや。
いかがなさいました?
つい今しがた、そこの扉から出ていかれたばかりではありませんか。
……。
……ああ。
“また” 忘れてしまわれたのですね。
それでは僭越ながら、
案内役のこのワタクシがご説明いたしましょう。
ここがどこなのか。
アナタ様の身に一体何が起こったのか。
そして、これからどうなっていくのか。
どうぞしばらくお付き合いください。

STORY
あなたが目を覚ますと、そこは見覚えがあるようなないような、
知っているような知らないような薄暗い小部屋のなかだった。
あなたは硬いベッドにからだを横たえ、
天井の木目をぼんやり眺めている。
不意に視界の端にちかちかと光るものをとらえた
あなたは何気なくそちらへ視線を動かして、すぐに
ぎょっと目を瞠ることになるだろう。
暗がりのなかに誰かが立っていた。
あるいは何か、と言った方が正しいかもしれない。
“それ” は一見して人間のように見えた。
その頭にあたる部分には本来人間の顔があるはずで、
またそうであるべきだったが、
代わりにそこには大きな豆電球がついていた。
身構えるあなたに、
柔らかな声が優しく語り掛ける。
「 お目覚めですか 」
続けて電球人間は聞き慣れないような、それでいて
どこか耳馴染みのよい不思議な音を紡いだ。
あなたを呼んだようだった。
そこでようやく、あなたは自分の名前すら思い出せないことに
気が付いた。
「 ワタクシは案内人。
アナタ様の暮らすこの館の管理を任されております。
今ワタクシがお呼びしたのは、記憶を失くされる前のアナタ様が
ご自分でお考えになった仮名のようなものです。
覚えておいででしょうか?
ワタクシ達は、既に何度もお会いしたことがあるのですよ 」
ここはどこかの森の奥深くにひっそりと佇む不思議な館。
【夜】によって過去の記憶を奪われた人々が集う場所。
ここでは誰もが本当の自分を忘れ、
思い思いのすがたをとって過ごしている。
案内人の話によればあなたはこの場所でたくさんの住人たちと
共に暮らし、そして何度も、
ありとあらゆる場所で/理由で/方法で、
死んでは生き返っているのだという。
死と蘇生を繰り返すなかで稀に記憶を失くす場合が
あるのだと説明を受けたあなたは、
自分が何者なのかも分からない現状に漠然とした不安を抱いたはずだ。
しかし、どうか気を落とさないでほしい。
あなたの失われた記憶は、必ず取り戻すことができる。
「 なかにはここで暮らすうち、【夜】に奪われた
ご自分の本当の名前を思い出された方もいらっしゃいます。
今のアナタ様にとって、外の世界はとても危険です。
記憶を取り戻されるまでは、
どうぞこの館でお過ごしください 」
豆電球の頭部を明滅させながら、案内人は穏やかにそう告げる。
まさに今目の前で起こっているすべてをうまく飲み込めずにいる
あなたの視線の先、
軋んだ音を立ててゆっくりと、
部屋の扉が開かれた。
扉の向こう側であなたを迎え入れる世界は寄る辺なく、
おそろしく、
そしてあるいは、愉快で美しいものかもしれない。
ようこそ、“非日常” の世界へ。